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パリの休日出発前の安心コール、今回のツアーはシンプルなのでほぼたんたん・・・とこなしていた。
ひとり参加のはたちの男の子の家にかけたとき、ご本人不在のためケータイにかけなおして、と言われた後も母様との会話が続く・・・とにかく一人で行かせることが不安でしょうがないご様子なのです。
「飛行機・・・?約12時間ほどかかります」「ひぇ~そんなに遠いの」
「時差・・・?8時間あります。」「ひょぇぇぇそんなに違うの~」 まるで地の果てまで飛んでってしまうような勢い。
・・・ よぉし、母様、しかと任されましたわ。
毎年お供する専門学校学生の世代の様子や動向、傾向ならなんとなく想定できるさ。
案の定、ご当人モンサンミッシェル訪問を果たしたらあとは何も分からないし考えてない、と申される。
最終日の終日フリータイムの過ごし方を提案、
"ショッピングや美術館めぐりが目的じゃない”パリの歩き方「お金を使わないバージョン」プラン@メトロ活用編~と称し
彼と同年代の輩3人衆を引き連れて、右岸の街、左岸の街、パリのシンボルたちを目指してそぞろ歩いた。
親がもとコガモたちのパリ横断の図!? もちろん親がもが一番ちっちゃいんですけど。
途中でマカロンをかじるおまけ付き。 おおい、ちなみにダロワイヨのマカロン、一個3.60ユーロもすんぞ!(と隣の店を探る・・・)
私自身がひとりで歩いたはたちの頃を改めて思い出していた。このパリ滞在日程があのときの旅と重なるのだ。
冬はどんよりと重い空になりがちなパリだけど、あのときと同じくモンマルトルのサクレクール寺院の白の背景は青空~
ヨーロッパではクリスマスシーズンのデコレーションは、年を越してイエスキリストのもうひとつの降誕節(1月6日)ごろまで残っている。
体あったまりそうなポトフの夕食で他の参加者たちと合流し、食後にシャンゼリゼの散策を誘う。
まさにOh Champs-Elysees~♪、薄いブルーで彩られた街路樹のイルミネーションはまるで雫が落ちるような動きを伴っていて息を飲む光景だ。
ニュースでは"シャンパンの泡を思わせるような”なんて表現されてたね。かつ省エネタイプでエコにも一役♪
振り返ればコンコルド広場の観覧車もまばゆい。 凱旋門の反対側にたどり着いたときにエッフェル塔の毎時のピカピカ点灯もはじまった。
すみません、こんなときは仕事であることをちょっと隅において、我もおのぼりさんとなりにけり。
観光気分を高めた状態で、最後の夜をしめくくりました。
パリの休日、冬のこのシーズン、あえて選ぶ価値オオアリ~ と思います。
(ボケてるから拡大なし!)
モンサンミッシェルに向けてふと思った仕事はじめはフランス・パリとその周辺、足を伸ばしてモンサンミッシェルへ訪れた。
冬休みの最中とあってか10代から70代までまんべんなく世代が揃った構成の32名のお客さま。
モンサンミッシェルが「行ってみたい世界遺産」のひとつ(いや、一位だった?)に選ばれてからさらに知名度を高め、
そしてよりたくさんの人を惹きつけ続けているようだ。
今回も参加者のほとんどの方がこの地に長い間想いを馳せ、それを実現したと云う。
「小学生の頃に使っていた下敷きがモンサンミッシェルでした」とおっしゃったのは、想いに年季の入った50代半ばのHさん。
「テレビで観てからずっと行きたいと思ってました」と二十歳で一人参加のS君。
わたし自身”はたち”になってまもなくの頃、ヨーロッパを周遊したときのことを回想した。
一ヶ月間の自由旅行で帰国便の出発地をパリに設定し、さぁてフランスどこを周ろうかガイドブックを広げ、想いを募らせたっけな。
結局は時間と予算の都合でそのときはあきらめざるを得なく、いつ叶うか分からない未来に訪問の願いを託したのだった。
パリからバスで延々延々と続くノルマンディの平野を走ること片道約4,5時間。
いわゆるはとバスツアーみたいに日帰りで訪れることもある。たとえて言えば東京から彦根城あたりの観光をするような感覚に近い。
牧草風景、のごかな地方の小さな町なんかの単調な風景をいくつか越えて、地平線に点みたいなその最初の御姿を見つけ出す瞬間、期待度にさらなる発火を促すことになる。
大天使ミカエルとジャンヌ・ダルクとの関連、
天使というスピリチャルな存在に関心を深めてより一層想いは深まる。
天使からのお告げによって英仏戦争でフランスを勝利に導いたジャンヌ。その声の主、天使こそが聖ミカエル。
ミカエルは信仰心の少々薄かった司教の夢にしばし現れ、島の向こうの山に礼拝堂を建てるようメッセージを送った。
”モンサンミッシェル”を訳すと「聖ミカエルの山」となるのです。
以前、参加者から「すんごい期待して来たんだけど、見学してがっくりしちゃった」・・・と言われたことがある。
たった一人のコメントがその後のテーマとなり「何を求めてこの地を訪れるのだろう」がフレーズとなって残っていた。
キリスト教徒たちにとってここは最も重要な巡礼地のひとつだ。
人気の観光地として君臨するより遥かずっとずっと前から巡礼者たちにとっては尊い地なのだ。
かつての修道院にあった装飾品は四方に持ち去られてしまっために、建物の中はがらんどうとしていて質素な雰囲気漂う。
ここでもまたイメージしてみよう。
冬の寒さからしのぐためのタペストリーやら華麗であったろうステンドガラス、王族や貴族たちのための休憩所、修道僧たちの生活の様子、、
何よりも、命を落とすこともありえる過酷な巡礼の道を、ただ純粋に信仰心に導かれ数ヶ月もの間歩き続けた貧しき巡礼者たちの思いも大事に伝えたい。
わたしごときで、その道すがらの苦労なり、たどり着いたときの喜びでありを説く~というレベルにはとうてい役不足であるけれど、
単なる観光地、として一人歩きすることと、本来の背景のギャップ(なんてのがあるならば)、それをちょっとでも穴埋めしたい、
・・・ 今回はそんなテーマを自分自身に掲げて訪れてみました。 ・・・ まだまだ現地ガイドさんが頼りなんだけどね。
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